検事が主役の「HERO」、海上保安庁の潜水士が主役の「海猿」、そして物理学者が事件を解決していく「ガリレオ」など、多くはヒーローものといわれるドラマです。ですが、周りの人たちはそんな龍馬を許し、いつも温かく見守り、愛していきます。坂本龍馬についてはそれほど詳しくなかったという福田さんは、「龍馬伝」の脚本を書くにあたって、いろいろな方に取材をされました。
大河ドラマ「龍馬伝」の脚本を手がけられているのは、福田靖さんです。また、ご自身も読まれたことのあるという、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」のなかの龍馬と、「龍馬伝」のなかの龍馬は、名前は同じでも、違う人物だとも話されています。「龍馬伝」では、こういう龍馬に至るまでの過程を描かれるそうです。
「竜馬がゆく」のなかの、豪快でおおらかで、無作法な龍馬を、生身の人間として考えると、実際にはとても付き合いにくい人物ということになってしまいます。そして今回は、坂本龍馬というヒーローを作り上げることとなったわけです。そこで福田さんは、「龍馬が『(イメージの中の)龍馬』になるまで」を、この「龍馬伝」のなかで描きたいと話されています。
話をして下さる方のほとんどは、龍馬について熱い思いをお持ちの方ばかりで、その方々のもつ龍馬像が美化されていることが多いということに、お話を聞く中で気づかれたそうです。福田さんは、これまでも多くのテレビドラマの脚本を担当され、ヒットを連発されています。
Our partners龍馬が女性にモテた理由について、ご自身も女性から絶大な人気を得ている福山さんは、「女系家族の末っ子として育ったため、甘え上手だったのでは」と、答えられています。男性は、男が女性を引っ張っていかなければいけないと思いがちですが、そういう男性は、意外とモテないことが多いのではないかとも話されています。それが、脚本家の福田靖さんなどのスタッフの方々と打ち合わせを重ね、話をするうちに、剛や豪ではなく、柔のイメージに変わってきたそうです。
「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬を演じられている福山雅治さんの抱く龍馬像についてご紹介しましょう。それは、多くのことに好奇心を持ち、いろいろな人の話に耳を傾け、いろいろなことを受け入れることができる、多面的な魅力をもった人物だったことを知ったからだとも話されています。
今回ご自身で坂本龍馬を演じられる前には、多くの方が龍馬像として抱いている、「骨太で豪快でゴツゴツとした」イメージをお持ちだったそうです。その上で、女性に「何とかしてあげなきゃ」と思わせるような何かを持っている人物として、「龍馬伝」を演じていらっしゃるそうです。
かつての、行動力と決断力で物事と押し進めて行くという強いイメージから、スポンジのようにすべてを吸収し、最後に良いものだけを搾り出すという、柔らかなイメージに変わったということだそうです。そのせいもあって、龍馬役という仕事の依頼を最初に知った時は、「どうして僕なんだろう?」と違和感があったとも話されています。
Our partners大友さんが「龍馬伝」のなかで描きたいとしている龍馬像とは、どういうものなのでしょうか。そういう「龍馬ならではの優しさ」というものも描いていきたいとしています。龍馬がとった行動や具体的な動きは伝えられてはいますが、どんな思惑で動いたのかということは、意外に伝えられてはいないということだそうです。
今まで多くの人が、それぞれの時代にあった、違う解釈の仕方で提示してきた龍馬像を、もう一度シャッフルし直し、真っ白な状態で見直そうとされています。また、それが自分ではなく他人のおかれた環境であったとしても、愛情のない環境にとても敏感だったのは、愛情を知っている人間だったからだとも言われています。歴史は常に勝者が語り残したものであり、薩摩や長州が語り残した正史には、土佐の人間であった坂本龍馬は、実はそれほど残されていないと話されています。
「龍馬伝」のなかの坂本龍馬をみて、「ちょっと違うんじゃないの?」と違和感を感じる方もいれば、「こっちの方が龍馬っぽい」と思う方がおわれるのはそのためのようです。卑屈になったり迫害されたりすることのない「坊ちゃん」だったからこそ、差別階級が当たり前だった当時に、偏見を持たず、フラットな視線で物事をとらえ、客観的に判断することが出来たのではないかとされています。裕福な家庭に生まれた龍馬は、いい意味でも悪い意味でも「坊ちゃん」であったと、福田さんは考えておられるそうです。
大河ドラマ「龍馬伝」の演出は、大友啓史さんが担当されています。つまり、龍馬のとった行動をどう解釈するのかで、龍馬像というものは大きく変わってくるというわけです。
Our partners1770年(明和7年)、六代目直益は、郷士の株を買い、長男直海に郷士坂本家の初代として分家をさせ、次男直清には商家才谷屋を継がせます。直足は、白札郷士の次男として武家としての格式を重んじた人であったそうです。養子として入った白札郷士山本覚右衛門の次男が、坂本家三代目直足となり、その次男が、坂本龍馬(直柔)です。「龍馬伝」では児玉清さんが演じています。
坂本家の家系として記録が残っているものは、1588年(天正16年)の才谷村の検地での、3番目の百姓としての登録が最初のようです。こうして、名字帯刀を許された郷士坂本家が誕生しました。1730年(享保15年)頃には、藩主に拝謁を許されるまでになります。1666年(寛文6年)、三代目太郎左衛門の次男八兵衛が、高知城下で才谷屋という質屋を開業し、豪商となります。
四代目となる長男の直方は、龍馬とは21歳離れており、温厚実直な性格で、直足の死後は龍馬の父親代わりとなりました。このことから、三代目太郎左衛門までは名字を持たない百姓の身分だったと考えられています。坂本龍馬の家系は、清和天皇を祖とする清和源氏の流れを汲む、美濃源氏の嫡流、土岐氏より分かれた明智光秀の娘婿、明智秀満の末裔とされていますが、これは、坂崎紫瀾の小説「汗血千里の駒」のなかでの創作とも言われています。
四代目守之、五代目正禎は、才谷村の字の一つでもある「大浜」を家名として名乗っていました。「龍馬伝」では杉本哲太さんが演じています。また、坂本龍馬自身は、紀貫之の子孫と称していたと言われており、墓石の名は「坂本龍馬紀直柔」と彫られています。